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タイの人事評価・人事考課が機能しない理由 ― 日系企業がつまずく3つの型と、制度づくりの3つの要点


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    2026.10.17
タイの人事評価・人事考課が機能しない理由

私、森田英一は今も、日本のみならず、タイやシンガポールなどの海外で、現地社員の声を匿名アンケートとインタビューで集め、経営陣に届ける仕事を続けています。社員の本音と経営者の思いを重ね合わせる作業です。その場でタイの社員からよく出るのが「自分が何で評価されているのか分からない」という声です。

評価制度の見直しに関わると、日本人の経営陣とタイ人社員の受け止め方のずれによく出会います。経営陣は説明しているつもりでも、タイ人社員には伝わっていないことが多いのです。日本人は、評価の理由をぼかして伝えがちです。一方でタイ人社員が求めているのは、もっと分かりやすく、シンプルな説明です。なぜ今回の評価はこうなったのか。どうすれば評価が上がるのか。ほかの人と評価や給与がなぜ違うのか。そこに納得したいのです。

タイには、バンコク日本人商工会議所の会員だけで1,677社(2026年4月1日時点)の日系企業があり、欧米企業や地場企業との人材の取り合いが続いています。給与の競争力を上げ、評価の透明性を高めようと、人事制度の導入や見直しに取り組む日系企業は少なくありません。

ところが、日本で長く使ってきた考え方をそのまま持ち込むと、タイではうまく回らないことがよくあります。人事評価は社員の生活と意欲に直結するため、合わない制度は離職の引き金にもなります。

この記事で分かること

  • タイの賃金と人材をめぐる今の状況
  • タイの日系企業で人事評価がつまずく3つの型
  • タイで機能する人事制度をつくる3つの要点と、導入の進め方

1. タイの人事評価を考える前に押さえたい前提

1-1. 給与だけでは人をつなぎとめにくい

ジェトロの「2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によると、タイの日系企業のベースアップ率(能力・業績に左右されない基本給の昇給率)は、2025年が3.9%でした。2026年の見込みも3.9%です。ベトナム(5.5%)やインドネシア(5.1%)と比べると、上げ幅は大きくありません。

日系企業のベースアップ率(2025年)の比較。タイ3.9%、インドネシア5.1%、ベトナム5.5%。タイの2026年見込みも3.9%。出典:ジェトロ「2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

一方、同じ調査で「投資環境上のリスク」を聞くと、タイでは「人件費の高騰」が65.9%で最も多くなっています。「従業員の離職率の高さ」も24.7%で、上位5項目に入りました。最低賃金も、2025年7月からバンコクで1日400バーツに引き上げられました(それまでは372バーツ)。

つまり「人件費は上がるのに、給与で大きく差をつける余地は限られる」という状況です。だからこそ、給与の額だけでなく「どう評価され、どう成長できるか」が見える仕組みが、人をつなぎとめる力になります。

出典:ジェトロ「2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(2025年11月)/バンコクの最低賃金はタイ政府の決定(2025年7月1日施行)を報じた各紙による

1-2. タイで働く人の価値観と、日系企業への見られ方

タイで働く人の傾向として、次のような点がよく挙げられます。

  • 明るく楽観的で、細かいことを気にしすぎない(「マイペンライ」)
  • 上下関係を強く意識し、目上の人を敬う
  • 人間関係を大切にする
  • 自尊心が高く、人前で恥をかかされることを嫌う(面子を重んじる)

目上を敬う、人間関係を大切にするといった点は日本と似ています。ただ、上下関係の意識は日本以上に強い場面があります。また、これはあくまで「全体の傾向」です。一人ひとりが同じではない点は忘れないでください。

では、タイの人から見て日系企業はどう映っているのでしょうか。当社が2016年12月から2017年1月に横浜国立大学 服部研究室と共同で行った調査では、タイの企業で働く300名が、日系企業の特徴として次の3つを挙げました。

キーワード背景にあると考えられる日系企業の特徴
Honesty(誠実)不正の少なさ、礼儀正しさ、親切さ
Strict(厳格)標準化された業務手順、時間やルールを守る姿勢、勤勉さ
Work in team harmony(チームの調和)集団での仕事、長期雇用、手厚い福利厚生

注目したいのは「チームの調和」です。人間関係を大切にするタイで、日系企業はタイ企業以上にチームワークがよいと見られていました。当社の組織総合診断でも、タイの社員が理想とする会社の文化に「チームワーク」を挙げることが多くあります。これは日系企業の強みであり、人事制度づくりで壊してはいけない部分です。

2. タイの日系企業で人事評価がつまずく3つの型

当社が制度づくりの相談を受けるなかで、よく出会うのが次の3つの型です。

タイの日系企業で人事評価がつまずく3つの型。1 日本の制度を訳して使う、2 給与を決めるためだけに使う、3 個人の成果主義を急に入れる

2-1. 日本の人事制度をタイ語に訳して使っている

本社の評価制度をタイ語に訳し、そのまま使うケースです。日本の本社社員向けの評価項目を、工場のワーカーにもあてはめている例もあります。

このとき、タイ人社員からよく聞くのが次の不満です。「自分にどんな役割と権限があるのか分からない。だから、どうすれば評価されるのかも分からない」。

背景には、評価の土台の違いがあります。日本の制度の多くは、長く勤めて幅広く育つことを前提に、本人の「能力」を評価してきました。一方、転職が当たり前のタイでは、「与えられた仕事や役割をやり切ったか」で評価されたいという意識が強くあります。

役割があいまいなままでは、何を期待されているかが分からず、力の出しようがありません。その裏で日本人の経営陣は「指示を待つばかりで動かない」と嘆く。こうしたすれ違いがよく起きます。

2-2. 評価を給与を決めるためだけに使っている

等級や評価の仕組みはあるものの、日本人の経営陣の中だけで運用しているケースです。社員に伝わるのは、昇給の時期に「あなたの評価はBでした」という結果だけ。社員は「日本人が何かの基準で決めているのだろう」としか知りません。

給与はルールに沿って決まっているので、労使でもめたときの説明にはなるかもしれません。しかし社員から見ると、透明性も納得感もありません。

もったいないのは、育成の機会を逃していることです。評価の理由を本人に伝えれば、成長した点と次に直す点が分かります。結果だけを渡す運用では、その効果が生まれません。

2-3. 個人の成果主義を急に入れた

成果を上げた人に報い、そうでない人の処遇を抑えようと、個人目標の達成度で昇給や賞与の差を広げるケースです。

よく聞くのは、目標の立て方が定まらず現場が混乱したという声です。納得できない目標で達成度を測っても、結果にも納得できません。お金に直結する仕組みなので、不満はそのまま意欲の低下につながります。

もう一つは、チームワークが崩れることです。協力して成果を出していた職場で、個人の成果ばかりが問われるようになり、助け合いが消えた。雰囲気が悪くなり、離職が増えた。そんな話も聞いてきました。先に述べたとおり、日系企業のチームワークに魅力を感じて働き続けている社員は少なくありません。その強みを自分で手放すことになりかねないのです。

タイで機能する人事制度をつくる3つの要点。1 役割をはっきり示す、2 次の一歩を見せる、3 チームワークを壊さない

3. 要点1:「期待される役割」をはっきり示す

評価の物差しは、本人の「能力」よりも先に「その等級で期待される役割」に置きます。タイの社員が最も知りたいのは、ここだからです。

役割を土台にした等級をつくる

組織の中で果たす役割をもとに等級をつくります。今の組織の階層や職種ごとのキャリアを見ながら、等級の名前と数を決めます。

等級の例期待される役割の例
General Manager部門の方針を決め、成果に責任を持つ
Manager方針を実行計画に落とし、部下を育てる
Supervisor現場をまとめ、改善を進める
Executive担当業務を自分の判断で進める
Assistant決められた手順で業務を正確に進める

等級ごとの役割を言葉にする

等級ごとに「何を任せ、何を期待するか」を書き出します。方針づくりに関わるのか、部下の育成を担うのか、改善を任されるのか。項目ごとに具体的に書くほど、評価の会話がかみ合うようになります。

4. 要点2:「次の一歩」を見える化する

先に見たとおり、タイでは大きな昇給で報いる余地が限られます。特に工場や倉庫のワーカー層は給与水準が低めで、昇給の幅も小さくなりがちです。優秀な大卒の若手に、成果に応じた大幅な昇給を出せる会社も多くありません。

そこで効くのが、「この先どう上がっていけるか」を見せる仕組みです。

職種ごとのキャリアパスを示す

専門性を持つ大卒社員や、将来の管理職候補には、職種ごとのキャリアパスを示します。「何年後にどの等級を目指せるか」「この基準を満たせばこのポジションに就ける」と説明できる状態をつくります。

ワーカーにはスキルの段階を細かく設ける

ワーカーのように役割が長く変わりにくい職種には、同じ役割の中にスキルや習熟度の段階を設けます。スキルが上がるたびに小刻みに評価し、等級を上げていきます。

この仕組みには、もう一つの効果があります。経験を積んだ年長者ほど等級が上がるため、職場の上下関係が安定するのです。上下関係を大切にするタイの職場では、この点も見落とせません。

5. 要点3:チームワークを壊さない

日系企業の強みであるチームワークを、制度の中で生かします。

会社の業績で賞与の月数を決める

売上や営業利益など会社全体の業績をもとに、賞与の支給月数を全社員共通で決めます。「会社がよくなれば全員に返ってくる」という一体感が生まれます。

チーム単位でも評価する

チームや課など組織の単位で評価し、その結果をメンバーの昇給や賞与に反映させます。個人だけでなく、チームで成果を出すことにも報いる形です。

評価を「結果の通知」で終わらせない

評価は経営陣の中だけで完結させず、本人にフィードバックします。期末だけでなく、ふだんの仕事の中でもこまめに伝えます。

面子を大切にするタイでは、伝え方にも配慮が要ります。人前で指摘しない。1対1の場で、具体的な行動を挙げて伝える。良かった点から話し、次に期待することを一緒に決める。こうした基本を守るだけで、面談の受け止め方は大きく変わります。

評価面談を対話の場にする考え方は、「第4回:納得感のない評価が成長を止める」でも詳しく紹介しています。

6. 制度を入れる前と後にやること

制度の中身と同じくらい大切なのが、入れ方です。当社が支援するときは、おおむね次の順で進めます。

  1. 社員の声を聞く:匿名のアンケートとインタビューで、今の評価への不満や期待を集める
  2. タイ人のマネジャーと一緒に設計する:役割の定義や等級の名前を、現場の言葉で決める
  3. 評価する人を育てる:評価の基準を自分の言葉で説明できるよう、評価者研修を行う
  4. 試しに回してから本番へ:一部の部門で試し、面談の様子や社員の反応を見て直す
  5. 毎年見直す:社員の声を定期的に聞き、制度を育てていく

「日本人が決めた制度」ではなく「自分たちの制度」だと感じてもらえるかどうかで、定着の度合いが変わります。この考え方は「第6回:評価制度の再構築」でも取り上げています。

まとめ

  • タイでは人件費が上がる一方、ベースアップ率は3.9%(2025年)にとどまる。給与の額だけでなく、評価と成長の見える化が人をつなぎとめる
  • よくある失敗は「日本の制度の翻訳転用」「給与決定だけの運用」「個人成果主義の急な導入」の3つ
  • 要点は「役割をはっきり示す」「次の一歩を見せる」「チームワークを壊さない」の3つ
  • 制度は入れ方で決まる。社員の声を聞き、タイ人のマネジャーと一緒につくり、評価する人を育てる

ここで挙げた要点は、日本で当たり前とされてきた考え方と比べて整理したものです。何が本当に合うかは、会社の段階や事業によって変わります。自社に合う形を、現地の社員と一緒に探していくことをおすすめします。

よくある質問

Q1. 日本本社の評価制度と、タイの制度を別にしてもよいのでしょうか。

かまいません。等級の考え方や大切にする価値観は本社とそろえつつ、評価項目や運用はタイの役割と働き方に合わせるのが現実的です。本社の制度を訳しただけの運用では、役割があいまいになりやすい点に注意してください。

Q2. タイで成果主義を入れるのは避けるべきですか。

避ける必要はありません。ただ、個人の成果だけで大きな差をつけるやり方を急に入れると、目標設定の混乱やチームワークの低下を招きがちです。役割の定義と目標の立て方を先に整え、チームや会社の業績も報酬に反映させるなど、段階を踏むのが安全です。

Q3. 評価への不満が強いとき、まず何から手をつければよいですか。

最初に、社員が何に不満を持っているのかを確かめることです。制度そのものの問題なのか、評価の伝え方の問題なのかで、打つ手が変わります。匿名のアンケートとインタビューで声を集めると、日本人の経営陣からは見えにくい本音が分かります。

相談の案内

beyond globalグループ では、タイをはじめ東南アジアの日系企業に向けて、人事制度の設計・見直し、評価者研修、社員の声を見える化する組織総合診断を行っています。「評価制度を入れたが社員の納得感が低い」「本社の制度をどこまで現地に合わせるべきか迷っている」といったご相談を、無料個別面談でお受けしています。

無料個別相談会

beyond global group では、日本企業のグローバル化促進・企業体質の変革支援のために無料個別相談会を実施しております。 弊社のコンサルタントが、企業様のお悩みをお聞きした上で、課題の整理 / 他社事例のご紹介 / 予算の算出 / 解決策のご提案をいたします。

執筆者

森田 英一
beyond global group
President & CEO
森田 英一

大阪大学大学院 基礎工学研究科卒業。大学時代に、国際交流サークルを立ち上げる。大学院時代にアメリカとイギリスで海外でのインターンシップを経験。大学院卒業後、外資系経営コンサルティング会社アクセンチュア(当時、アンダーセンコンサルティング)にて人・組織のコンサルティングに従事。 2000年にシェイク社を創業し、代表取締役社長に就任。若手の主体性を引き出す研修や、部下のリーダーシップを引き出す管理職研修や組織開発のファシリテーションに定評がある。10年の社長を経て、現在は、beyond globalグループのPresident & CEOとして、グローバル人材育成事業、日本企業のグローバル化支援、組織開発、ナショナルスタッフの人財開発、東南アジアの社会起業家とソーシャルイノベーション事業等、各種プロジェクトを行っている。株式会社シェイク 創業社長・現フェロー。 著作に「どうせ変わらないと多くの社員が諦めている会社を変える組織開発」(PHPビジネス新書)「一流になれるリーダー術」(明日香出版)「自律力を磨け」(マガジンハウス)「こんなに働いているのに、なぜ会社は良くならないのか?」(PHP出版)「3年目社員が辞める会社 辞めない会社」(東洋経済新報社)等がある。